フリーアナウンサー樋口香織のホームページ 兵庫県、大阪府を中心にアナウンストレーニング、話し方、演劇ワークを使ったコミュニケーション術と内気改善プログラムをお伝えしています。

Kaori Freiheit
所在地:兵庫県
mail:higumon.x21@gmail.com
活動エリア:兵庫県、大阪府
(その他の地域はお問い合わせ下さい。)

心の声



「鏡の中の花嫁」

花嫁
ある若い新婦が控室で言った言葉が深く印象に残っています。
「きれいなドレスを着て、皆にカメラを向けられる。
こんなこともう私のこれからの人生にないと思う」ヘアセットをされながら鏡に映る花嫁は少し寂しそうな表情をしていました。
「そんなことないですよ~」と美容さんが言っていました。
私は何も言うことができずただ黙っていました。
そして心の中で「確かにこんな風に皆に注目されるイベントはもうないかも知れない。だけどこんな時にもうちゃんと前を見て現実をしっかりと見つめているあなたは日常の中にきっと喜びを見つけられる人です。だから必ず幸せになれると思う。大丈夫」と思っていました。 
 
控室では何も言えなかった私だけれど披露宴では、せめてこの華やいだひとときに相応しい言葉を探し続けていかなければと誓いました。







「秘められた写真力」

プロフィール映像
結婚という晴れの舞台を一生懸命準備している新郎新婦。
例えばプロフィールDVD作成のために過去の写真を選ぶ作業。
そしてそれはこれまでの人生を思わず振り返ってしまうそんな作業でもあるのです。
物心つく前の写真がたくさんあることに気づき、親御さんの喜びの気持ちと深い愛情をあらためて感じたり、家族の笑顔のなかに何気ない日常のひとつひとつが実は宝石だったと感じたり。

日本人は国民総カメラマンといえるほど写真が好きな国民です。
これは単にカメラを所有できる経済的豊かさだけではなく、かけがえのない瞬間を大切にとどめておきたいという豊かな心の表れでもあると思います。
そしてそれが自分の人生を大事にすること、周りの人を大事に思うこと、ひいては世界の人々を大事に思うことにつながってほしいと願います。
「婚礼は世界を救う」私は本気で思っています。


「ハレとケは絶妙のバランス」

誓い
婚礼は本人にとっては「非日常」です。大切な大切な一生の思い出です。
しかし人生の大部分を占める「日常」が人の幸せを大きく左右します。

ただ、あまりにも何気ない繰り返しの日々の中で、「日常」を日常の中だけでは強く意識できないほどみんな忙しく自分の役割を懸命にこなし疲れています。
そんな中、ごくたまにおとずれる「非日常」の場面。冠婚葬祭、出産、子供の運動会、旅行etc。
良くも悪くも激しい感情を味わうことで「日常」を意識しなおし成長していけるのだと思います。
なかなか「非日常」と「日常」のバランスは良くできたものだと気が付きました。そしてそれはふたつでひとつなのです。

特に婚礼は美しい衣裳、美味しい食事、美しい花、美しい装飾、美しい笑顔、美しい言葉、あらゆる美が集合した夢の世界です。
ブライダルの関係者は週末毎に婚礼を見ていますが、私はお客様の「非日常」を勝手に自分の「日常」にしてはならないと強く自分に言い聞かせたいと思います。


「もうCD-Rで失敗しない!」

音響
音響さんに聞いたお話し。披露宴のBGMを持ち込む方は多いと思います。
CD-Rで持ち込まれる場合、再生機器がCDを認識しないことがたまにあります。
もちろんプロの音響さんですのでそんな場合に備えて同じ曲を別の音源で準備されるので大丈夫ですが、太陽誘電のCD-Rですと認識しない可能性がとても低いので安心するそうです。
各社メーカーのCDプレーヤーのテストは太陽誘電のCDで行われるからというのがその理由だとか。
ですからもし購入されるのでしたら太陽誘電の「That’s」をおすすめします。


「結婚に何がほんとうに必要なのか」

寄り添う新郎新婦
この根本の問題をよく語った作家がいます。三浦綾子さん(1922~1999)です。
彼女とその夫の三浦光世さんは私の理想のご夫婦です。
20代で発病し13年間の闘病生活をおくった綾子さんは、その回復を5年間待ち続けた光世さんと結婚します。

エッセイ「愛すること信ずること 夫婦の幸福のために」の中から私は未来のご夫婦へこの言葉を贈りたいと思います。
(まえがきより抜粋)
「彼はこうして、週に一度はわたしを見舞い、励ましつづけてくれた。その結果、五年目にわたしはどうやら健康をとりもどすことができた。これは、待った結果が五年目だったが、おそらく七年でも八年でも、彼は待ちつづけたにちがいない。彼はそういう人なのだ。彼が三十五歳、わたしが三十七歳の五月二十四日、わたしたちはついにキリスト教会で結婚式を挙げた。百円の会費で、百二十人ほどの人が、紅茶とケーキでお祝いしてくれた。簡素この上もない披露パーティだったが、心のこもった感動的なパーティでもあった。前日まで熱のあったわたしは、新婚旅行にも行かず、物置を改造した一間だけの新居で、新婚生活をスタートした。
結婚に何がほんとうに必要なのか。わたしはわたし自身の結婚をかえりみて、今つくづくと思う。愛されるにふさわしい何ひとつを持っていなかったわたしを、待っていた三浦の愛は、単なる男女の愛ではない。真の愛というものは、愛するにふさわしいものを愛するのではなく、だれからもかえりみられない価値なきものを愛することなのではないか。わたしのさまざまな恋愛も、体の弱さも、人間的な弱さも、すべてをゆるして受け入れてくれたこの三浦の愛こそ、愛と言えるのではないか」


「人前結婚式の選択理由」

人前式
神前式、キリスト式は宮司や牧師が司りますが、人前結婚式は司会者が進行をします。
お世話になった大切な皆さまに対して誓い、夫婦と認めていただく人前結婚式は基本的にはやり方に決まりがなく自由な発想を取り入れてオリジナリティたっぷりにすることも可能です。
これまでにいろいろな形の人前結婚式を見てきました。

しかし両家の宗教が相容れない場合の逃げ道として宗教色のない人前式が選ばれることもあります。
打合せをしていると「人前式はとにかく何もいらないし簡素にしてください」とのご希望。
不本意なまま苦渋の選択をされているのかもしれないと考慮しつつ精一杯の進行を行ったこともありました。
何とか思い出に残る式にしてさしあげたいという思いがついつい湧いてくるのですが、それすらも余計なことなのかもしれないと感じてしまうほどでした。

宗教の問題は当人にとっては根幹をなす重要な部分ですのでとてもデリケートです。
難しい問題ですね。もしも互いの宗教の問題で挙式を悩まれる方がいらっしゃれば私はていねいにお話しを伺います。
答えなどそんなに簡単に見つかるものではないと思います。それでも出来る限りの方法を考えるお手伝いができればと思っています。
お悩みの方はどうぞご連絡ください。

積極的に人前結婚式を選択される方はもちろん何も問題はありませんよ。
お二人らしい結婚式を創りましょう。


「言葉の取扱い」

言葉
ある新郎新婦を担当したとき「私たちはお互い対等な関係です。
だから披露宴の中で性的役割分業について触れる言葉はいっさい使わないようにしてください」と言われました。
お気持ちよくわかります。
ご安心ください。こういう言葉は元々使わないようにしています。

ここまではっきりおっしゃる方はめずらしいですが、私はとても共感します。
それは決して人によって感じ方に違いがあるため無難な表現にしておこうという理由からではなく、私自身が正直に違和感を覚えることから言わないようにしてきたのです。

例えば、披露宴の司会の際の個人的NGワードはこのようなものです。
「入籍する」→言い換えるなら「婚姻届を提出する」
「お嫁にいく」「嫁ぐ」→言い換えるなら「結婚する」
それから「一家の大黒柱」「内助の功」「子孫繁栄」こういう言葉も避けています。

時代遅れな言葉という印象ですが、決して良い悪いと決めつけられるものではありません。
ただいろんな方が集まる場で、全ての方に気持ち良くお過ごしいただくことを考えていきたいですし、言葉を扱う仕事をさせていただいている以上、意識し、悩み続ける姿勢そのものが大切だと思っています。

ちなみに列席者の方などがおっしゃる分には何の問題もありません。
他にも、もしあなたが個人的に嫌な言葉がありましたら教えてください。
私は使わないようにします。
そして積極的に使ってほしいと思われる言葉があればこちらも教えてください。
いろんな方の言葉の感性に触れてみたいですし、言葉にこだわるお客様大歓迎です。


「懺悔」

マイクに向かうということ
ご家族や列席者の方から「温かくよい司会でした」などとお褒めの言葉をいただくことがあります。
ひとまず責任を完うできたのかなと安堵と感謝でいっぱいになります。
しかし一方でみぞおちがチクリとするような痛みを覚えます。

私のこれまでの司会者人生と比べると、それ以前の人生の方がはるかに長いです。
昔の私は今思うと随分心ない言葉、きたない言葉を使ってきました。そして人を傷つける言葉もたくさん使ってきました。
そんな私が司会を始め、少しばかりものの言い方を学んだからといって過去の罪がたちどころに消えるわけではありません。
それなのに「皆様のご多幸をお祈りいたします」なんて涼しい顔をして言う資格が自分にあるのかと、心の片隅で問う自分がいつもいます。
それでもマイクを持って仕事をする以上、私は天に向かってお許しくださいと言うほかないのです。

言葉には人を救い、慰め、励まし、人生を変える力がありますが、同時に人を殺す力もあります。
相手が心地よくなれる話し方、言葉の選び方、そして何より心を傾けて相手の話が聴ける人になれるよういつまでも追求していきたいです。
そして心のすきまにたえず居つづけるこの「懺悔」の念を抱えたまま日々向上していきます。