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神頼みをやめてみた

問題を直視し、受け入れると解決する

内向的で独りでウジウジ思い悩んでいたのに、それが解決するときは瞬間で終わってしまう。そんな経験がありませんか。

 

その日たまたま会った人に「こんな事で困ってるんだ」と、ふと漏らしたことで誰かを紹介してもらえたり、不思議なアイデアを教えてもらえたりします。

 

また仕事がなくて困っているとき、まったく意外なところから突然、複数のオファーが来ることがあります。

 

あっけないものです。

 

いつも数分先のことすら人間にはわからないものなのです。

 

凡人に未来を予知する能力などないのに、未来を悲観したり、不安視しすぎるのは滑稽な姿なのかもしれません。

 

だから、どうにもこうにもうまくいかない状態のときは、そもそも問題をありのままに正しく認識できていないことが多いのです。

 

神頼みなど、どこかで奇跡を期待する心は物事のプロセスを無視した逃げの態度で、淡い期待で現状から目を背けているだけです。

 

つまり、無知を放置している怠慢さと、そんな自分をごまかしている傲慢さが問題解決を遅らせることになっています。

 

そんなときは、いっそ吐き気がするまで直視してみよう。そして重い腰を上げて、知らないことを知ろうとしたり、調べようとしたり何らかの行動に出ることができます。

 

また、付きまとう恐怖感はもうこれ以上ないというくらい最悪の状況を設定してみて、それを自分の体で味わってみると馴染んできます。

 

あらかじめ馴染んでおけば、最悪の状態をむやみに恐れることがなくなります。

 

人間には順応性があるからです。

 

もっとも嫌な最悪のパターンと馴染ませてしまうと、後はおのずと解決の方向に導かれます。現状は何も変わらないのに、問題が消えた状態になります。

 

なぜ消えるのか。それは、問題を問題として正しく認識できたからです。

 

蓋をしたり、違う問題とすり替えたりしている間は常に爆弾を抱えたまま、今日一日をやり過ごしたに過ぎないのです。

 

そうして無意識にスッキリしない状態で毎日の生活が続いていきます。理由のわからないストレス状態に陥ると、理由がわからないだけに抜け出すことができません。

 

今の問題が何であるか。

 

逃げの楽観主義ではなく、問題に突進していくことで楽観に至るというふうに、自分を変えていくことで問題解決ができるようになります。人には自分をコントロールすることしかできないのです。

 

そのくらい自分自身の問題や、自分を正しく知ることは重要なことです。

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