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大人しい人=意見がないと思われる

大人しい人は勝手に意見がないと判断されやすい。心でどんな思いがあっても表現を怠ると、スルーされるのは仕方がないことだ。

 

大人になると「黙ってちゃわからないでしょ?」なんて子供を相手にするように誰も聞いてはくれない。

 

誰も俺をわかってくれないといって卑屈になるのは心が成熟していない。甘えが抜けないまま大人になると生きづらくなってしまう。

 

仕事でも家庭でも望む幸せから遠のく。それに、もしかしたら本当に意見がないのかもしれない。

 

どうしたいのかを説明もできないが俺を心地よくさせろという支配的なものが爆発するとそれこそ周囲に迷惑がおよぶ。DVやパワハラは最たるものだ。

 

幸せになるためにした結婚が不幸の温床になっている人がいる。採用されて嬉しかったはずの仕事が辛い修業の日々になってしまう。

 

自分で考える力と、それを表現する力をセットで育むから影響力を発揮していける。なんであれ“自分をもっている人”が尊敬され好かれるのはそういうことだ。

 

思慮深いのに、賢いのに、大人しいばかりに損をしているならぜひ表現力を磨いていくべきと思う。

 

表現力を身につけるだけで人生を切り開く力をもてるなら放置したままでいいのか。貴方の本領はそんなものなのだろうか。満足できているのだろうか。

 

実際より自分の実力を低く見られていると感じたことはないか。誤解されて相手の小さい脳みその中で歪んで処理されたら悔しい。

 

私は悔しかった。諦めてたまるかと思った。もちろん謙虚に自分を見つめることも必要だけど、やっぱり黙っていたら損するし、それでは我慢ならなかった。

 

人には人の自由があるけれど今より良くなりたい。仕事もプライベートも充実させ幸せになりたいと切実に望むなら、表現をもつことには計り知れない恩恵がある。

 

表現をもてば、大人しいことも魅力のひとつにできる。表現力をもつことは創造性を発揮するための入り口といえる。

 

貴方の特性を幸せを阻害するのも、自分の強みにして花開かせるのも選べるとしたらどうだろう。

 

人間関係を全く無視した世界で幸せになることはほとんど不可能なのです。承認されることなしに得られる幸せは食って寝ることくらいしかない。

 

表現ひとつ学ぶだけで、貴方の考えや経験が誰かの役に立ったり、誰かの人生を変える可能性が生まれたりする。

 

表現力を身につける努力は貴方のためだけでなく、世のためにも意義のあることだろう。

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