劇作家松田正隆の戯曲。アパートに暮らす男と女の会話だけの芝居。そしてこの男女は夫婦である。
仕事から帰ってきた会社員の男が妻の女性と食事をしているシーンがほとんどを占めている。
たわいもない夫婦の会話が淡々と続く。ちょっと言い合いになったり、仲良く旅行の話をしたり、昔の話をしたり。
何でもない日常的な会話のやり取りだが自然な会話の中に現れる。キーワードがひとつひとつ確実に伏線となっていて壮絶な結末へとテンポよく進んで行く。
肩に力の入らない平凡な物語にクライマックス見事に引き込まれていく。ポカンとしている心の中に何とも愛おしい郷愁で充たされていることに気づく。
悲劇的な結末を見せられたにもかかわらず不思議な爽快感を感じさせる。こんな自然風な会話を巧みに演じられるようになりたいと思う。

小林多喜二といえば圧倒的に『蟹工船』が有名ですが今日は『党生活者』を読み直しました。来月開催の「大阪多喜二祭」の文化行事で朗読をすることに決まりました。
そのため、実行委員会メンバーで多喜二作品のどの作品を朗読するのがふさわしいか意見を出し合うため、皆で今一度多喜二作品を分担して読もうということになりました。
そして私の担当が『党生活者』になったのでさっそく読んでみました。数年前よりも格段に面白くなっている!一気に読んでしまいました。
何故こんなに面白くなったのでしょうか。それはより現代的な小説になっているからです。
非正規労働者の問題
核エネルギー問題
特定秘密保護法案の可決
集団的自衛権の閣議決定
東日本大震災の復興問題
韓国朝鮮との関係
奇しくもこの時代は関東大震災の後の頃です。小説は戦前ファシズム体制下での闘争がリアルに描かれています。主人公はパラシュートや毒ガスマスクを作る軍需工場で同志と共に労働環境の改善を要求したり反戦運動をしています。
やがて工場を首になり、下宿にも戻れなくなった主人公は住まいや活動費が必要なことから笠原という女性と一緒になります。
しかし主人公は自分を支えてくれる笠原が「たまには時間をつくって二人で散歩がしたい」とか言うようになると彼女に対して不満が募りはじめます。
そして同志で熱心な活動をしている美人の伊藤に好意を持ち始めるのです。個人生活も大事にしたいと訴える笠原がだんだん鬱陶しくなってきたのですね。ヒモのくせに(^^)
だいたい100%共同体のために捧げる生き方なんてできるはずもない。だったら女性なんて好きなってはおかしいでしょう。利便性で女性と共同生活をする。夫婦を装うことで怪しまれにくいし活動資金も提供してもらえる。
しかも女性の方はその活動家を愛しているのです。時代背景もありますし非合法の中の運動にはそれなりの犠牲があるのは仕方ないことかもしれません。
しかしここに罪の意識がないとしたら問題です。「せめて罪悪感にさいなまれてくださいよ~」って言いたくなるのです。
多喜二にはそこのところの常識さがある。リアルな活動の様子は当時多喜二が関わった闘争がベースになっています。
個人の主体性と革命のための強い連帯意識の間で多喜二は葛藤したのかなと想像します。当時はこんな風に女性をハウスキーパーとして犠牲にしながら運動をしていたようですが現代の感覚からすれば非常に不愉快ですね。
自由と平和のために命がけで闘う姿は皮肉な事に、自由と平和からかけ離れた姿になってしまっているのです。よくありそうな矛盾です。
それにしても自分たちのやっている活動をモロに描いた作品なのに主人公をカッコよく描いてないところが多喜二のすごいところだと思います。
ありのままを書こうとしているように見えます。人間ってどんなに立派な人でも自分中心に考えるものだと思うし人間だからしょうがない。でも、そこで立派そうなことばかり書くのではなく、イケてないない部分も見せようとする多喜二の公平さにものすごく魅かれます。
女性に対しても完全に平等の意識をもっていたことが多喜二の作品や書簡から伝わってきます。この作品は多喜二が特高警察の拷問によって殺されてしまったことから前篇のみで終わっています。
みんなの平等や自由を求める運動によって女性を奴隷化している現実に多喜二は悩んでいたのだろうと思います。この多喜二の問題意識のセンスが何より好きなんです。
そんなことに改めて気付かされた『党生活者』でした。もうプロレタリア文学を超えています。
「党生活者」 小林多喜二
定本 小林多喜二全集 第八巻
新日本出版社
青空文庫でも読めます。
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『党生活者』
戯曲の傑作!テネシー・ウィリアムズ「ガラスの動物園」

アメリカの戯曲。身に覚えのあるような重苦しさがある。娘に人並みの幸せをという希望を抱きながら最後の望みをかけ夢破れる母親。社会に適合することができず母の思いに応えられない娘。
将来を悲観し、焦る母はある策を講じる。かみ合わない思いを軸に闇と光が浮かび上がる。
キーワードは「インフォリオリティコンプレックス」と「ブルーローズ」。劣等感に対して青いバラはその人のもつ最高の美徳とでもいうようなものの象徴である。
母のはからいで娘の前に現れたのはかつてのクラスメートの男性。偶然にも彼女が人生でただ一度だけ好きになった人だった。
世の中にはインフォリオリティコンプレックスのある人とない人がいるのではなく、気づいている人と気づいていない人がいるだけではないだろうか。
気づいてしまうと生きづらいかもしれないが、奥深い場所で誰にも知られず咲いているブルーローズに出会える可能性も生まれる。
足に障害をもつ極度のはにかみ屋のローラは人と思うように付き合うことができないでいる。彼女の大の仲良しはガラス細工の動物だちだ。
一方学生時代きらきらしていたモテ男のジムも実際いつまでも輝きを放ってばかりではなかったのである。
闇と光は一本の棒の両端にすぎずどちらか一方しか存在しないということはありえない。
誰の内にもきっとローラ的な何かが少なからずあるはず。そんな自信のもてな普通に振舞うことすらできないローラの繊細さの奥にある美しさを発見したジムは「君は美しい」と伝える。
ローラを生まれてはじめて輝かせたのだ。
この自信の原型のような種を自覚させてくれたのだからローラが生まれ変われるとしたら、後で無残にも失恋のどん底に叩きこまれるのを相殺しても、ジムの言動はありかなと思う。
自分を失恋の憂き目に遭わせてくれる人もまた、貴重な存在なのかもしれない。
人間は完全じゃない。それなのに大人になるにつれ自分は万事大丈夫と周囲に思わせることに必死にさせられる。それらを無条件に受け入れ虚勢を張り自分に無理を押しつけながら生きている人が多い。
うつ病の原因のひとつではないだろうか。誰しもローラであり、ジムなのかもしれない。誰かの内奥にあるローラ的なるものを見つけられる人でありたいと思う。
その時はジムのように愛の告白ではないにしても誰かを人生のクライマックスといえるほど輝かせられるくらいの慰め方ができたならこの世界はもっと住みやすくなるだろう。
ひとりひとりがその美徳をありのままに発揮できる世の中になるだろう。無差別殺人のような犯罪はきっと減るだろう。でもジムを待っていてもしょうがない。ジムのような人はそんなに簡単にはやってこない。
待っているよりは自分がジムになってみたほうがよっぽど早い。目の前の人が輝けば自分も相手の輝きを受けいつもまにか光っているだろう。
教え込まれた概念から自由になり自分の存在、相手の存在をあるがままに承認することはこの世の最上級の美=ブルーローズを手にすることに等しいとこの物語はいっているのではないか。
時代を超越して人の心をとらえる古典が古典たりうる理由がここにあるような気がする。
互いを承認しあえることの素晴らしさと永遠不変の深い博愛の精神が流れている。滑稽な絵画を見ているような作りで、気が付いたらじんわり励まされているような温かさに魅了される不思議な物語だ。
ガラスの動物園
テネシー・ウィリアムズ
訳 小田島雄志
新潮文庫

ある方にお借りした本です。人に借りて読む本は普段あまり縁のないジャンルのため目新しくて楽しいものです。
お借りする際『とにかく気持ち悪い本だけど大丈夫?』もうこの一言で期待が高まります。
ファンタジーホラーの短編集です。虚構の世界ですからあまり意味を深追いせずその残虐性を楽しむホンです。
こういうことを書くと変質者っぽいかもしれませんが光を愛するのと同じように闇も楽しみたいのです。
青少年にはあまりお勧めできないですが虚構は虚構と冷静に判断できる人が読むのは問題ないかなと思います。
この手のものに触れることは人間のもつ残虐性とは真逆の神聖な境地もまた存在していることを表しているように思います。
大好きだけどこういうのばっかり読むのはやめておこう(^.^)といいながら「ZOO2」を読みます。
ZOO 1/乙一
集英社文庫
小林多喜二の全66作品のあらすじや関連情報などがまとめられたガイドブックが出ました。
数年前に行った「多喜二ツアー」の際神奈川県の七沢温泉でご一緒した神村和美さんが書かれたもの。
評論、略年譜も掲載されています。29年の生涯を駆け抜け多くの作品を生んだ多喜二。
あらためて多喜二作品を読む際にとても便利な参考書です。
多喜二の文学世界の全体像を広く捉えることができます。また、作品がテーマ別に10のカテゴリーに分類されているのがとてもいい。
【弱き者への眼差し】
【子どもの貧困】
【“他者”としての女性】
【性労働と女性】
【女性の自立・活動】
【地域性ー<中央><都会>との拮抗】
【国家権力への抵抗】
【暴力・殖民地・反帝国主義・反戦】
【都市・モダニズム・メディア】
【運動の周縁の人々】
これらのテーマを見るだけで多喜二がいかに弱者に思いを寄せていたか平和を願っていたかがわかります。
コンパクトなガイドブックを手に多喜二の作品世界へいざなわれてみたいと思います。
小林多喜二全作品ガイドブック
神村和美 著
さくむら書房